2009年04月02日

【コラム 健康ランド】


今回も前回に引き続き、自分の身の回りに降りかかった辛い営業を書きたいと思いますにゃ〜。急げコラ〜ム!


それはオレがまだワハハ本舗に入りたての2004年、営業の右も左も全くわからない時のこと。


この時は営業の大ベテランである先輩のコラアゲンはいごうまんさんと、ウクレレえいじさんのおふたりがいたから心強かった・・・はずだった・・・・

我々3人が訪れた営業先は、横浜にある某健康ランド!

ところがその営業、老いも若きも、雨後のタケノコというくらいお客の多い土日祝日・・・ではなく、
お客さんが少ないとされる平日、しかも昼間の2回ステージだった。

着くなり支配人さんに深々とあいさつし、いったいどんなお座敷ステージかと会場を下見させていただくと、
その支配人が
「今回の舞台は、こちらです。」
と、案内した部屋はなんと、

お客さんが寝ている薄明かりの仮眠室だった。

しかも平日の昼間に健康ランドに来ているお客さんとは見た目、ミナミの帝王に出てきそうなその筋の方しかいなかった。


そのにゃん攻不落な舞台を見て、営業に慣れている先輩芸人2人は、どうやってネタをやっていいか当然悩んでいた


しかしその営業の怖さを当時全く知らなかったオレは、先輩2人に明るく

「こうなったら、当たって砕けろですよ〜!」
と言って、猫の太鼓判を押し付けた。

後々、本当に自分が当たって砕けるのを全く気づかずに…。

そして舞台楽屋協議の結果、司会がコラアゲン、猫ひろし10分 ウクレレえいじ20分の持ち時間とにゃった。

そしていよいよ、第一部のゴングが鳴る・・・。


司会のコラアゲンさんの第一声は、とても一般の営業では聞こえてこない

「皆さ〜〜〜〜ん、起きてくださ〜〜〜〜い!」
だった。

この一言、お笑いの客席で寝ている人を目の前にしては、決して間違ってはいない・・・が、やはり仮眠室で気持ち良く寝ているお客さんの前では絶対に間違っている。

そしてその間違っている嫌な雰囲気のまま、猫vsミナミの帝王の試合が始まった。

いつものようにオレがリングコスチュームの半袖短パン衣装で
「猫ひろし!猫ひろし!・・・・・・・・うるせええええええええええ!」
とリングインして叫んだものだから、

こわもてのお客さん達は、皆一斉に起き上がり、
「てめえの方がうるせんだよ〜〜!こ〜の〜野〜郎〜!」
といきなりのカウンター罵声!罵倒!罵詈雑言!を浴びせてきた。

仮眠室で寝ているお客さんの前でネタをやってるんだから普通に考えて怒られて当然。


どんな過酷な状況でも、与えられた持ち時間をまっとうすること・・・・
これは前回の恐怖の仁義ニャき宴会でオレが学んだ教訓だがしかし、
今回のリングでは10分の舞台を気づいたらセコンド2人に2分弱でタオルを投げ込まれていた。

猫ひろし2分KO!

さんざん仮眠室で叫び、そして怒られ命からがら仮眠室というリングを後にしたオレを見ながら、お客は唖然として

「い、いまのはいったい何だったんだ・・・・・?」

「小学生がふざけてたのか?」

「いや、今のは日本の恥部だ」

と寝ていたお客さんが一斉に起きあがって、ディスカッションをしはじめた。

お客さんにしてみればまるで悪い夢を見た感じ。

それに続いて、今度はその名の如くウクレレえいじさんのウクレレの音が仮眠室中に響き渡った。

そしてまたもや、こわもてのお客さんらは、皆、いっきに起き上がり、
「こ〜の〜や〜ろ〜う!うるせえ〜ってのがわかんねえのか!」
と罵声!罵倒!罵詈雑言!を、えいじさんに浴びせていた。



へとへとで仮眠室の袖にあるこちらも薄明かりの楽屋へ引っ込んでどうにか地獄のリングを終えたオレたち3人・・・・・。

そこへ支配人がまたやってきて、当然のような顔をしてオレ達にこう言った・・・
「30分後に、2ステージ目始まります!」

…。

健康ランドの仮眠室の30分後と言うのは案の定、
さっきと寸分変わらず、全く同じミナミの帝王よろしく、こわもてのお兄さんたちが客だった。


第一部の失敗を教訓にして、第二部では司会のコラアゲンさんが、
いきなり床に頭をこすりつけ、土下座をしながら、

「只今より猫ひろしが先ほどの一部と全く同じネタをやります…。」
と叫んだものだから当然眠っていた修羅の方達は起き上がり、

「やれるもんならやってみろ、こ〜の〜や〜ろ〜う!」

とコラアゲンさんをにらみつけ、そしてまたまた怒号と、猫ひろしコールならぬ、帰れ帰れのシュプレッヒコールの嵐。

めちゃくちゃ怖くて辛い舞台だった


そもそもこの健康ランドのイベントでは今まで、演歌歌手がゲストと言うのはあったようだが、 

「お笑い」と言うのは、オレ達が初の試みだったようだ。

そしてその初の試みは、完全に失敗に終わりこれが最初で最後のものとなった。

この時点でようやく、「これはやばい・・・」とさっちした支配人は、
急きょ、お笑い舞台からその場をビンゴゲーム大会に変更し、賞品をえさに修羅たちの怒りをどうにか静めた。
そして景品のタオルをもらった修羅の方々は、何事もなかったかのようにリクライニングシートに寝に帰るのだった

そして何事もありすぎたオレ達は、修羅の方々をもう二度と起こさないように仮眠室を後に帰るのだった。

ちゃんちゃん。


posted by 猫ひろし at 08:52| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

【仁義ニャき宴会・・】


芸人をやってると、皆それぞれ、様々な修羅場に遭遇してくるものだ。

オレにも忘れたくても忘れられない営業が、芸人になってまだ1、2年目の頃にあった。


それは、熱海の某所で行われた某団体の方々の忘年会での余興の営業に行った時の話。



「今年は最強のお笑い四天王をそろえますから!」と、相手先に伝えていたのが、
今回のとりまとめ役だった、お笑いアンダーグラウンド界の帝王・GO!ヒロミ44’さん。

そのGO!さんに、「ネタ終わったら、あとは熱海の温泉でもゆっくりつかってさ・・・」
と誘われて、年末のピクニック気分で同行してしまったのがオレ。
そして、元気いいぞうさんと、チャーリー東京さんだった。

そのお笑い四天王の我々を待ちかまえていた会場、それは・・・・・・・・


上座に金屏風、そしてびっしり並んだ卓の列列列・・・


どっかで見たと思ったら、完全にVシネだ!修羅の群れだ〜!

そう、それは修羅の皆様方の忘年会の営業だった。

そして夜、いよいよ修羅の皆様の宴の幕が上がった・・・・・。

司会のGO!ヒロミ44’さんが舞台に上がり、
ご挨拶代わりに百戦練磨のトーク術で、まずは軽く笑いを取って・・・



くれなかった・・・・・・・・・・・・ひいてる、修羅の、咳払いの声が大きく聞こえてくるのは気のせいでも夢でもない。

さらに良く見ると、なんとそこの大幹部様の方のお膝元には、専用のマイクが置かれてあり、
大幹部様がそのマイクで直々に、我々お笑い四天王のネタにダメだしをするという
なんとも、ありがたくない、これぞまさに、“修羅のショービズ”状態だった。

GO!さんが何か言うごとに、大幹部様のきついダメ出しのお言葉と、ご列席の方々からの怒号と物が飛んできた。

そんな中でも、なんとか無事に血を見ずにご挨拶を終えたGO!さん、そして声高々に



「それではまずはトップバッターの登場です〜〜大型新人〜猫ひろし〜〜!」
とオレを呼び込むとともに、ついに地獄の扉が開かれた。

それまで舞台袖で観てた時点でオレの思考回路は完全にショートキャット!
こうなったら「見る前に飛べ」、「抜く前に中で出せ!」の精神で舞台に登場、必死になってネタを始めた・・・・・・・。

しかし当然ながらスキャンティ一枚の小男のギャグ百連発も、実弾系100連発の実績を持つ方々の威力には勝てず、
鳴かず飛ばずだからネタもどんどんどんどん早送りに…。

ネタの間、大幹部様よりマイクによるダメだしと、ご列席の皆様からの怒号怒号怒号。

ウケルウケナイより、我が身を守ることが先決で、さわらぬ修羅にたたりなしという事で、
持ち時間5分を、実にウルトラマンよろしく、3分弱できりあげ退散。良かったぁ〜、無事に終って・・・・・。



逃げるように、舞台袖に引っ込んだオレに代わって、
体格の良さとネタの鋭さは天下一品の元気いいぞうさんが登場。

実は今回のこの席では、絶対に触れてはいけないアンタッチャブルな話題があって、
「それだけは、たとえネタでも言っちゃなんねぇ〜」と、その土地の長老に止められていたキーワードがあった。

ところがそこは、元気いいぞうさん、持ち前の前向きな差しさわりのあるネタを次々披露し、しまいには
♪だ〜〜〜れ〜〜〜が〜〜●●●●したのかな・・・・・?

なんてこの場に不似合いの、火に油を注ぐようなことを言うもんだから、
それはそれは、ご列席の皆さんの怒りと怒号を買った・・・・・。
元気いいぞう2分失神KO!


この時点で、すでに我々「お笑い四天王」には、棺おけが用意されたものだった。

そして次は、実際に棺桶に片足を突っ込んでると言ってもおかしくない年齢の、チャーリー東京さんの登場。

このご高齢のほとんどアルツハイマーの芸人さん、
外見もネタも、クラッシックな古典的マジックネタをご披露・・・・・。

また怒号・・・・か・・・と思いきや、

それがウケルウケナイではなく、なんと修羅の皆様は高齢者芸人にはご寛容であったのだ。

そこで我々3人はコレ幸いと、自らが恐怖で短縮した持ち時間を、
チャーリ大先輩に穴埋めしてもらうべく、時間引き延ばしの合図を、舞台袖から必死に送り続けた。

おかげで、なんとか予定時間をつないで、
そしてこの地獄の宴会余興芸人のトリをとる我らがGO!ヒロミ44’さんの出番となった。

舞台に上がったGO!さん、ネタ前にご列席の方々へ
「もしこのネタがウケなかったら、私、芸人やめさせていただきます。」
と高らかに宣言した。

緊迫した会場、まさに一触即発状態だ・・・・・・舞台袖のオレも息を呑んだ・・・

「ホンモノの芸!それは・・・・・・モノマネです・・・・・」と言うGOさん。
しかしGOさんと長くお付き合いさせてもらっているオレでも、GOさんの物真似なんて一度も見たことがない。

大丈夫だろうか?と心配して見ていたら、GO!さん、いきなり己のチンポを出し、それを自らしごきながら、

「まあ〜〜〜このぉ〜〜〜〜・・・・」

と、田中角栄のモノマネを始めたのであった。

これには、なんと今までお怒りの修羅の皆様も何故か大爆笑のオオウケ。
下ネタか〜、下ネタがうけるのか〜!
それに続けて、またまたチンポをしごきながらの

「ボク〜ドラえもんです〜〜〜〜〜!」
コレもウケタ。

正に下ネタ界の金ちゃんじゃなく、欽ちゃんだった。


そしてそのまま終わればいいものの、ウケタことに気を良くしたGO!さんはこともあろうか、





「それでは皆様、この男がもう一度リベンジをさせていただきます、猫〜〜〜ひろし〜!」


と、オレを舞台に呼び込んだのだ!

場内は異様な盛り上がりで最高潮のボルテージ、

震えるオレの気弱なネタに、またまた修羅の大幹部様からありがたいマイクのダメだし

「そんなんじゃねえだろう!おめえもドラミちゃんやれよ!」

と、教育的指導をいただき、これぞほんとに死ぬ思いで、
オレは舞台の上でケツを出して、アナルを見せながら

「ドラミちゃんで〜〜〜〜す!」

と絶叫した!その阿鼻叫喚なオレの姿に

「やればできるじゃねえか!おい、猫!おまえ売れるぞ!」

(全裸で売れるわけねえだろ!)
と言う言葉は、自分の小さな胸に綺麗にしっかりとしまい、大幹部様よりのお褒めの御言葉と思い、ちょうだいし、

舞台の幕は降ろされた・・・・・・・・・。


そして我々お笑い四天王は、舞台終了後の唯一の楽しみであった温泉さえも忘れ、ニャ〜ダッシュで逃げ帰ったのだった。



今こうやって振り返ると、
芸人になり始めの頃にこんな恐ろしい営業を体験したから、
その後の営業は、多少のつらさでも、けっこうなんでもなく思えることができた。



とにかく皆さん、お仕事はお互い安全作業で行いましょう。



*写真の方が、持ち時間を引き延ばしていただいたすご腕の持ち主、チャーリー東京大先輩。





posted by 猫ひろし at 10:59| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

【42.195猫】


今、日本各地では、大なり小なりのマラソン大会が開催されている。
今や、日本全国が「ゆるキャラ」か「マラソン大会」と言うくらいの人気企画(?)だ。




そんなマラソンレースに、オレはここ数年 “猫まっしぐら” に走っている。
オレは、「お魚くわえたどら猫」と言うくらい、走っている。

マラソンの人気はマラソン中継の安定した高視聴率にも表れている。
「ただひたすら長い距離を走る人たち」

を見てるだけなのに多くの視聴者がいるということは、マラソン中継っていうのは本当にすごい。


そもそもオレは、学生の頃からずっと、身長は短いが長距離は得意だった。
距離が長くなれば長くなるほど短い身長とは、反比例して得意だった。
高校の時も毎年マラソン大会では、3年間通して校内1位の成績。
短距離はそんなに速くはないけど、50mの短距離でのスピードをそのまま長距離でも維持できる、
そんな類まれな能力を神から授かっていた猫だったのだ。
ちなみに遺伝か家系か家宝かはわからないけど、次兄も速かった、オレよりさらに速かった。


今思うと、その能力に気づくのが遅かった。
中高6年間、オレは陸上部の花形ヒーロー・・・・・・・
になることもなく、6年間卓球部で、その類まれな才能を自ら棒ならぬラケットを振っていたのだ。

そして青春も棒に振っていたのだ。


そんなオレが30代を目前に本気でマラソンをすることになったきっかけは、TBS感謝祭の目玉企画のひとつ「赤坂ミニマラソン」に出場したことだ。

番組の中で自らの意思によって出場するこのレースに、「長距離は自信があったから出場したい!」
・・・と言う意思よりも、
「出場すればテレビにいっぱいいっぱい映れる!」
と言う芸人的意思の方が強かった。

通常オレがテレビに出演するときは、番組の途中で嵐のようにギャグをやって、
そして嵐のように去っていくという、時間にしたら1分弱の出演が当たり前だ。

それがマラソンなら最低5分は、アップでぬかれるから早漏のオレからしたら5分は、
超魅力的で参加に手を挙げるのは当たり前だった。

そして出場したら、あれよあれよでニャンと初出場で4位入賞と言う輝かしい成績。
まさに、ダークホースならぬダークキャット的、大猫券だった。

それを機会に、その番組でごいっしょさせていただいた谷川真理さんに勧められて、
谷川さんのランニングジム「ハイテクスポーツ塾」に通い、本格的トレーニングをすることとなった。

ちょうどその頃行った健康診断で発覚したのが、
オレのこの小さなノミじゃなく猫の心臓は「スポーツ心臓」だという事実だった。

「スポーツ心臓」とは、特にマラソンなどの長距離走、自転車、クロスカントリースキーなどの
運動種目など持久力を必要とするスポーツ選手に最も適した心臓のことである。
確かに昔から1日3〜4回のオナニーを365日やっても体力は、へっちゃらだった気がする。
そんな神様からの授かりモノをいただいたことを知ったオレは、心臓が張り裂けそうな興奮と驚きだった。


昼間は週2回「ハイテクスポーツ塾」で最新鋭のトレーニングを行い谷川さんにも指導した中嶋コーチにめちゃくちゃしごかれ、
夜は仕事が終ってから、ほとんど毎晩10km程ランニングと筋トレをする生活となった。

深夜のランニングでの出来事・・・
深夜に147cmの小猫が走ってると、深夜なのに意外と敵が多い。
学生の時、田舎の中学校の外周を走っているとどこからともなく、野良犬がやって来て、足に引っ付いて、腰をカクカクシコシコやられるのは、多々あるが都会は、また違う。

例えば、ヨッパライ。
夜1人で走る時は、iPodをして走るが、イヤホンとは、別な所から突然、

「ネコ〜! ネコ〜!」

と大声が聞こえてくる。

後ろを振り向くとサラリーマンのヨッパライ2人組が追っかけてくるが、ヨッパライからしたら俺のスピードは、超ハイスピードらしく、気が付くと1人づつ脱落していった。

コレくらいは、猫飯前のことだが、
絶体絶命のピンチもある。

例えばラッパー。

深夜にオレが走ってた時、オレの横をゆっくりと並走する一台の大きなフルスモークの車。
やな予感がしてきた・・・・

その黒スモークの車は、オレの前方に停車すると、
車の中からこれまた黒いラッパー風のでかい4人のブラザーたちが降りてきた。

(ここらからしばらくラップ調で読んでみてYO〜!)

「お〜〜やっぱり猫じゃねえか!HEY!ニャ〜〜〜ン!」

でかいラッパーに囲まれた俺!まさに四面楚歌の八方ふさがり!絶体絶命状態!

その中の一人がこう言った!
♪YO、YO、猫YO〜!オレおまえのファンなんだYO!いっしょに写真撮ってくれYO〜!

いくら逃げ足の速い猫でも、逃げる道はない!
観念して笑顔で写真をいっしょに撮る!ブラザーたちは喜んで

「ありがとうYO〜、昔から大好きだYO〜
これからも応援すっからYO〜!」
と言ったそのブラザーのTシャツは、


「タカ&トシ」だったYO〜!
俺のファンじゃねぇじゃねえかYO〜!

例えば警察。

深夜にマラソン仲間のなべやかんさんと真面目に走っていたら、後ろから近づいて来たパトカーがいきなり

「前の小学生止まりなさい!」

と言ってきた。

知らんぷりしてたらまた

「そこの小学生2人組止まりなさい!」
と言って、オレたちの真横に来て顔を見るなり、


「なんだ、親父じゃないか」

と言ってそのまま通り過ぎて行った。

前から見たらただの小さい親父2人組だが、深夜に後ろから見ると小学生が家出をしてるように見えたらしい。

かなり失礼だ。
そんな突然の敵との遭遇もありながらも、オレは毎晩毎晩走っている。


初のフルマラソンへの挑戦は、去年3月の東京マラソンだった。
以下がその時の記録・・・・

ナンバー:31811
氏名:猫ひろし
種目:マラソン男子

地点Point: スプリットSplit: ラップLap: 通過時間Time
5km 00:31:07 09:41:07
10km 00:57:10 0:26:03 10:07:10
15km 01:25:16 0:28:06 10:35:16
20km 01:50:42 0:25:26 11:00:42
25km 02:16:32 0:25:50 11:26:32
30km 02:47:52 0:31:20 11:57:52
35km 03:13:29 0:25:37 12:23:29
40km 03:38:29 0:25:00 12:48:29
Finish 03:48:57 0:10:28 12:58:57

初出場にしては上々のタイムだ。
この時に2つの目標ができた。

一つは3時間越え!そしてもう一つは、
レース中トイレに行かない!

実はトイレの近いオレは、レース中トイレに4回(うち1回は、うんこ)行っていた。

だからその2つを目標に今もコツコツにゃ〜にゃ〜練習に毎日励んでいる。


去年12月に宮崎市で開催された「青島・太平洋国際マラソン」
これに宮崎県の東国原知事からご招待いただき、もちろん望むところのお招き猫でフルマラソンの部に出場した。

結果は・・・・・・・・


無事完走したけど予定タイムより1時間オーバーのタイムだった。

折り返しの21キロまでは体も調子良く、1キロ5分弱ペースで走っていたので、
目標タイムの3時間30分をきれると思っていたが、21キロの折り返し地点で、レース中1回だけのおしっこと自分に誓い、トイレに行ってから体に異変が起きた。

走っててなんか体が熱いから、給水場で頭から水をかぶる。
でも周りの走っている人は、頭から水をかぶっていない。

何故か?

当たり前だ。
12月の真冬で寒いから走ってても誰も頭から水をかぶる人も猫もいるわけがにゃい。

ただ俺は、暑かった。猛烈に暑かった。
でも頑張って走った。
しかし熱い想いとは、裏腹に熱い体は、段々動かなくなり、1キロ5分だったのが、1キロ7分8分・・・最終的に10分以上までおちた。

こんな事練習でもなかったから焦ったが、とにかく完走目指して頑張って走った。
ラストの10キロが今まで味わったことないくらいつらくて、30歳すぎたおじさんが本当に泣きそうになった。

沿道のおばちゃんに、「きゃっとがんばんなよ〜」と相撲取りみたいに背中をバチコ〜ン!と叩かれたが、いつもみたいにギャグで応戦する気力もなし。

ゴールまで最後の200mをまさに死ぬ気で走りぬいて、 

結果タイムは・・・・4:36:20・・・・・・・・・・・・・・・・

会場をあとにして、念のため体温計で、計ってみたら、39℃も熱あるじゃねえか!

良くゴールしたよ、オレ!
頑張ったよひろし!

この鬼のようなレースで途中8回もトイレ行ったけど、
多分体調がおかしくなった21キロ地点のトイレでオシッコ出した代わりに、ちんこの先っぽから病気が入ったんだ。
そうに決まってる。

熱が出るハーフまでは、良いタイムだったから、熱が出なかったら、多分世界新記録出てたな。絶対出た。出てたに決まってる!

でも体調管理も選手のやることの一つだ。

そういう意味でも、この青島太平洋マラソンは、本当にためになった。
だから来年是非リベンジしたい!
知事、是非そのまんまリベンジさせてください!

今年に入ってからは、ハイテク塾主催「谷川真理ハーフマラソン大会」で自己新記録の1時間25分が出た。しかもトイレも行かなかった!



目安として、このタイムを2倍して、10分加えたタイムがフルマラソンのタイムになると言われてるので、
1:25x2+10=つまりおよそ3時間。
オレの目標である夢の3時間越えが見えてきた。

この計算は決して無謀な「猫の皮算用」ではない。 
皮はすでにちゃんと切ったんだから・・・・
(意味のわからない人は前々回のコラムを読んでください)

ということで、いよいよ今年3月の東京マラソンは、目標の3時間越えとノートイレが射程距離に入っている。

ちなみに、倍率7,5倍と言われている超難関の東京マラソンの抽選に無事受かったオレだが、実は一つ無事ではなかった。

今回芸名「猫ひろし」ではなく間違えて
日本陸連登録名の

本名「瀧崎 邦明」でエントリーして受かってしまったのだ。

だから今回は、
「猫では4時間越え!瀧崎では3時間越え!」 

に向けて現在、日本あちこちのマラソンレースに参加しながら練習している。



調子も猫上がりに良い感じだ。

マラソンの話だと、ついついマジメに終ってしまうけど・・・・




いいんだ、


それでも、メロスもひろしも走ったのだから。

(おわり)


☆最新鋭の指導で、恐るべし記録を発揮させてくれる(猫ひろしは、フルマラソンのタイムが実際、1年で40分近く早くなっています!)
谷川真理さんの【ハイテクスポーツ塾】 http://www.hi-sports.com/index.html


posted by 猫ひろし at 13:13| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

【老人と猫】

雨ニモ ナマケルジジぶぅ
風ニモ ナマケルジジぶぅ
雪ニモ夏の暑さニモ ナマケルジジぶぅ

昭和31年の生まれで
オレより21歳も年上のジジぶぅ
歳だから、丈夫な体じゃないジジぶぅ
歯はほとんど入れ歯のジジぶぅ
そんな人なのに、去年まで2年間オレの付き人やってたジジぶぅ


元々役者志望だったジジぶぅ
劇団に入った時の先輩がS.E.T.の小倉さんで、
その前には、水森亜土さんの付き人をやったり、
「ごきげんよう」のライオンちゃんに入ってたジジぶぅ
年月だけはすごいが、実績があまり伴わず、
ワハハ本舗に遅れてやってきたルーキーだったジジぶぅ


欲はなく・・・ではない、欲ばかりのジジぶぅ
いつもズルイことを考えてるジジぶぅ

一日にオレが自腹で3000円の日当と、
「朝起しに来ればオプション手当てで1000円プラスで払う」と言えば、

「安すぎるから日当4000円くれ」と言い、

数日たつと、
「これじゃやってゆけないから日当5000円にしてくれ!」とストライキを起こし、

自己申告の出勤簿をごまかして、
ホントは6万円のとこを9万円オレに請求し、

「なんか高くないですか?」
と俺が言ったら、


しばらくすると、新宿の路上で突然、目を真っ赤にして、殺人鬼のような顔で
「すいません、実は出勤簿ごまかしてました!」
と土下座したジジぶぅ。


楽屋に入ると、まず自分がイの一番に
お茶と弁当をいただき、ノンキにタバコをふかし、
あらゆることを、まず自分の損得勘定に入れるジジぶぅ

オレが仕事を終え楽しみにしていた楽屋弁当を食べようと
楽屋に戻ったら弁当がないので、ジジぶぅに聞いたら、

「一個は私で、もう一個は家で待ってるうちの嫁の分です」
と平気な顔で言うジジぶぅ

世の中のうんちくに詳しいと自慢し、
知らないことも知ったかぶりして、
口から出るのは臭い息と虚言の数々、
そのくせ、自分に都合の悪いことはすぐ忘れるジジぶぅ

経歴詐称も数知れず、

日本暴走族史上名高いブラックエンペラーの前身の
「闇奉行」だか「しゃれこうべ」とか言う族にいたのが自分だと言い張り、
あの「小田原抗争」にも参加してたと
ミエミエのウソの武勇伝を語るジジぶぅ


またあるときは、ホームレス生活をしてたジジぶぅ(これだけはホント)

その時、カラスを喰ってたジジぶぅ。
「カラスはどんな味ですか?」
と尋ねたら、
「白鳥と同じ味です」
と平気な顔のジジぶぅ

「じゃあ白鳥はどんな味ですか?」
と尋ねたら、
「モグラと同じです」
と平気な顔のジジぶぅ

喰うものがないときは、小石を舐めてたジジぶぅ
その小石をホームレス仲間と奪い合ったジジぶぅ

ホームレスの後の職業はと聞くと、
「ソムリエをしてました」
とめちゃくちゃな嘘をつくジジぶぅ

東に悩める人あれば
恩着せがましく出て行って、見えもしない「オーラが見えます」と、ウソ八百のジジぶぅ


西に年の離れた姉さんがいるが
その姉さんと顔がクリソツなジジぶぅ
ちなみに、その姉さんはその昔ズベ公で、
その姉さんのヤクザな夫(義理の兄)から、
小学生の頃、油紙にくるまったチャカを預かったと言うジジぶぅ

南にキューバと言う国があれば、
そこに夫婦で出稼ぎに行き、
キューバ人に妻を寝取られたジジぶぅ

北に行くのに自動車が必要で
「免許はないけどキューバで運転手をしてたから運転は得意です」
と、自慢げに言うから、
オレがわざわざ知り合いに頼んで運転免許を取る段取りをつけてやれば、

当日になって
「精神的にきついので運転手と付き人もやめさせてください」
と言ってきたジジぶぅ

お遣いを頼むと釣銭をちょろまかし、

こっちがTBS感謝祭のマラソンで必死に走ってゴールすれば、
他人事のようにただ突っ立って眺めてるジジぶぅ

みんなにジジイと呼ばれ
褒められもせず
かと言って
苦にもされず


そう言うジジぶぅを


私は殴りたい



(追記)

こんな「日本一の非常識ジジイ」ことジジぶぅさんと、オレは懲りもせず今年も、クレイジーユニット「猫ジジ」を組んでます。




posted by 猫ひろし at 14:30| Comment(1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

【猫被ってました】(術後編)



そして、ついにテレビ史上初「公開包茎手術」の当日となった。
執刀していただくのは、この包茎手術では名高い権威である西新宿の山の手形成クリニックの大沼先生だ。

手術室内には、大沼先生の「ゴッドハンド」を逐一撮影する為にカメラが廻っている。


そこでオレはまさに、まな板の上の猫を被った猫。
撮影とはいえ、大手術なんて生まれて初めての事だったからとても緊張のオレとその息子。

普段笑っているディレクターさんも一切笑ってないし、仕事上ギャグを言わないといけないオレが、真剣な顔でギャグが口から出ないのが逆に生々しく、手術の緊張感がでていた。

いよいよ手術開始。まずオレの息子の足下に部分麻酔が5〜6本打たれた。
正直怖かった、俺の大切な息子1本に対し5〜6本注射を打つんだから多勢に無勢。怖くないはずがない。


ところがこの麻酔注射が効いてくれば、あとは怖いことは、ない。 
部分麻酔が効いて意識が無くなっていく息子への手術は、感覚としては「なんか引っ張られてるな〜」という感じくらいだった。

チンチン斬りの達人大沼先生自らのゴッドハンドは、やはり流石だった。
執刀中、先生から
「普通内臓系の手術は、執刀の様子を患者さんご自身では見れませんが、この手術だけは見れるんです。見てみますか?」

普段超が付くほどの怖がりのオレも、そうゴッドに言われると天の声と思って、ついつい見てしまう。
そしてオレの息子を見ると、息子は流血状態。そんな血だらけの息子に、血の気がひいて貧血状態のオレは叫ぶ変わりに心の中でこう呟いた、

「すげえ皮が余ってる・・・・・・・・」

実際麻酔が効いてるから、自分のモノなんだけど、自分のモノじゃない気がして、なんか他人事じゃない他人のモノに見えた。
正に借りてきた猫状態。

そんなこと考えてるうちに
「チ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!はいできました!」
まるでコンビニのレジで弁当が温まったみたいなくらいの時間・・・・。
それは極端でも何でもなく、手術時間わずか15分くらいの速さ。
まさに大沼先生の「ゴッドハンド」だった。あれこそ神の手だ。今までちんぽを何本斬りしてる男性なのだろう

術後、丁寧に消毒されてから、オレの息子は、ミイラのように包帯で巻かれた。
つ、つ、ついにオレの息子は新しく生まれ変わった・・・正しくは、むかれ変わった。やったぁ〜〜。

そしてその日から、オレに与えられた、ちんぽ条約(通称、ワチンポン条約)、それは
【1ヶ月セックス&オナニー禁止令】
であった。
それは、しごいちゃいけないんだけど“至極”当然だった。
しかしそれを乗り越えたひと月後には、オレにはバラ色のチン生が待っているのだ。
だから、「ひろし、オナニーも我慢する!」と、自分自チンに固く誓ったのだった・・・・・・


が、もうすぐ解禁前のひと月が間近となった日。
営業先の秋田のホテルの部屋で、「見るだけだぞ!」と自分自チンに言い聞かせて見た

【1000円のアダルトチャンネル】
自分自チンの意思の弱さをつくづく思い知る前に、
気持ちと右手が止まらない、ああ〜止まらない。




その時のオレは野生の黒ヒョウのようなF1レーサーとなっていた。

「なんびとたりとも、オラの右手を止められねえ!」

と、自慰速300kmくらいで走りぬき、出しぬいた後、冷静チンちゃくになったオレは、

ふと我にかえり、自分の息子を眺めた。
「なんか、息子が、痛い…!」
すぐさまオレは、クイズ$ミリオネアの「ライフライン」ばりの「テレフォン」を、秋田から東京の大沼先生にぶっかけたのだった。
先生は落ち着いた様子でやさしくオレに
「明日、東京に戻ったら早速見せに来て下さい」
と言ってくれ、翌日東京に戻ると羽田空港からすぐさま診察してもらったが、結局大事には至らなかった。

そしていよいよ「テキトーTV」による再検査の収録の日となった。
前回同様、共演の方々が外で見守る中、例の個室で放出した俺の産まれたばかりのホカホカ精子。

(この場をお借りして、その日同じ出演者だった、さとう珠緒さん、そのせつは、想像の中で、ォなにかとお世話ォなになりました。)

それを、前回同様、女性看護師さんが大事そうに検査室へ。

そして検査結果が出た、病院の医者先生が俺の精子が写ったモニターを見ながら、こうつぶやいた・・・

「きれいですよ、ほら!」

オレの目に映ったのは、あのスターウォーズの大銀河系の無数の星(精子)たち、そして流れ星(元気な精子)たち!
それはそれはとてもスペクタルスペルマタルな大パノラマ映像だった。

しかしその片隅に写っているなんか妙な物体・・・もしや、あの悪夢が再びと思ったオレは「先生、これは?」
と恐る恐る聞くと、医者先生は一言
「それは、ティッシュです。」


吉本新喜劇ばりにこけそうになったが、精子を拭き取った時のティッシュの破片がひっついてモニターに映っただけで、精子には何の問題もなかった。

「やったあ〜、これでオレは正チン正銘に包茎からズルム系に生まれ変わった〜!」




ちなみに実は、前回検査の当日の朝、オレはオナニーをしちゃってたから、精子の数が少なかったようで、
通常3日ほどで正常な数に戻るそうだ。
今回の再検査はもちろん金たまが重くなる位満タンにしてきていた。

それからと言うもの、オレは何もかもが生まれ変わった気がする。
食事も水も空気も全てが以前より旨く感じ、心にも余裕が持てるようになった。
今までは皮被った猫だったが、ひと皮むけた猫になった。

見た目も、今までのなんか情けないマヌケなスッポンみたいな息子が、
あの南米のカブトムシ「ヘラクレスオオカブト」のツヤツヤした背中みたいな頼もしい光を放つムシキングになった感じだった。


ちなみに、オレが30年ほど肌身離さず被せていた余った皮をオレはその日大事に持ち帰った。

猫だけにその余った皮で、記念の三味線でも作ろうとしたら、動物保護団体に止められた。
それなら永遠の愛を誓った今の嫁(当時はまだ彼女)へ、エンゲージリングとして贈ろうとしたら、丁重に拒絶され、
しかたなく、ホルマリン漬けにしたその記念皮(きねんひ)を小瓶に入れて持ち歩いていた。

数日後、羽田空港の手荷物検査で引っかかったのがその小瓶。
向こうから女性検査官やって来る。
俺のバックを開け、中からその小瓶を取り出し
「コレ何ですか?」
との問いに、
正直に

「チンコの皮です」
と自己チン告するオレを、女性検査官は何も言わず空港の中に通してくれた。当然だ。


それからと言うもの、オレと山の手形成クリニックさんは、まさに切っても、切れない仲となり、
悩める男性向けの小さな広告塔として雑誌で宣伝されたり、単独公演をバックアップしていただいたりしている。

余談だが、抜糸の糸は自然に消えてなくなっていくのだが、
ジョギング後にお借りしたなべやかんさんちのお風呂の中で、残っていた最後の一本の糸が取れた。

しかし、やかんさんとの切れない糸はつながっている。

人生は糸だ。人と人の縁はいろんな糸でつながっている。


だから包茎の皆に言いたい、

「迷わずムケよ ムケばわかるさ。」

(おわり)

☆山の手形成クリニックさんのHP http://www.y-ks.jp/






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posted by 猫ひろし at 16:46| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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